地球ごめん

地球環境について思ったことと、趣味のバイオリンについて書きます。という目的で開設したがなんか考え事の雑記が主。

人間の「生み出す力」はやっぱりすごい

ブログを久しぶりに見る。
自分の文章が世に公開されている、ってのが恥ずかしいのと、単純に余裕がなかったのとで放置していた。

トップを開くなり、「タピ〇カがうんちゃらかんちゃら~」なんて記事がでる。
ここ1年弱で、もはや世界は一変した。

というと大げさだけど、ほんと、アレ一つで人生変わった人いんじゃないのか?

沢山いるでしょうよ!あんな黒い物体でさ。

 

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単純にすごいと思う。
この1年間で、あの黒い物体一粒一粒は、一体何個生み出されたのでしょう?
1カップに100粒?(飲んだことないから知らん)それが一日何十万何百万人?
それがざっと、ここ1年で365日ですか。
億とかそういう世界になりますね。

そう考えるとすごい。そもそも、単にタピ〇カの数だけでない。
あの専用のストロー、コップ、そして店舗、作るための設備、運送、もろもろで
相当に世の中は動いているはず。
人間の「生み出す力」はすごい。

 

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自分のようなエコ考えたがり人間は、
「そのようなパワーが、地球環境問題を解消する方向に向かえば、社会問題を解決する方向に向かえばどんなによいのだろうか」
なんて思うのだが、まあ中々難しいですね。
そりゃあ楽しい方向に向かいますよ。自分だってそうだもんね。人間だものね。

 

しかし、人間の集団としてのキャパシティ、ってのは、あるちゅうことがよくわかる!
このブームを、ブームとして見るのではなく、人間の底力の表れとしてみるのだ!

立ち上がれ!!

・・・いや、やっぱめんどくさいんで誰か立ち上げてくださいお願いします。

土の暮らし

花の華やかさもなければ、草木のような牧歌的な温かさもない。
ぬかるみのような羨望や嫉妬もなければ、鉄やコンクリートのような冷たさもない。
土のような暮らし。

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平日の真ん中の休日は、土日祝、と連なる3連休とは違う趣がある。
3連休はなんか、+αのような、いってみればボーナス感がある。

平日の真ん中に休日を過ごすのは、一日だけプツリと切り離されたような特別な感じ。自分は1年程ニートをしていたのだが、平日に何の予定もなく過ごしていると、その時の暮らしを強烈に思い出させるのだ。

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失敗について めも

失敗について。自分を肯定できない、あるいは他人からの否定。はたまた何かしらの損失。「失敗」について軽く整理することで今後の行動の改善を試みる。

 

●失敗とその立ち直りのとあるモデル

①軽率さと慎重さの折合いがつかず、動機に正義感、信念があればよし、と考え行動。
②不満足な結果。他人から否定される。思考不足か、他人との感性のずれがあった。
③失意。(極端だが)自分はこの世にいてはいけないのだろうか、と思う。
④「思う」だけで、それが成されるわけではない。自身を否定しても自身が消えるわけではない、と考える(これは自分固有の考え?)。自殺あるいは、あまりにも大きな失敗ゆえに他人から存在を「抹消」されない限りは。
⑤どうも自分はこの世に存在してもいいようだ、と立ち直る。んで再始動。

自分の失敗からの立ち直りのモデルをざっくりと書いた。いつもは立ち直って満足しているが、どうもそのあとの思考・行動の分岐が大事なんじゃないかと思う。

 

●思考・行動の分岐

①環境が原因だ。環境を変えて同じ行動を続けよう。別の人は肯定してくれる。
→自分に適した環境の獲得。試行回数を要する。単なる実力不足なら愚か。
②実力不足だ。(環境は変えず)工夫と努力で行動を改めよう・洗練させよう。
→実力の獲得。忍耐を要する。見当違いの努力や才能不足で無と帰す。のれんに腕押しの恐れ。
③俺は正しい。俺を認めぬ他人がおかしい。あえて何も変えず同じ行動を続けよう。
→自信の獲得。個性の獲得ともいえる。強靭な意志を要する。他者を受け入れない、あるいは否定。攻撃性に転じるか。んで敵対が生じ破滅へ。
④寝て忘れよう。寝たら忘れた。んでまた同じ行動を(無意識に)する。
→精神の安定の獲得。安心。成長なし変化なし運任せ。人に迷惑をかけるなら悪質。

 

立ち直りのモデルへの気づきで悩む時間を短縮、次の行動への分岐の意識で今後の改善。勘でやっていたことに輪郭を与える。
失敗をしたら立ち直り方、挽回の仕方とか考える余裕などないが、同じ失敗を繰り返したくもない。失敗からの立ち直り、その後の思考の分岐を軽く整理してみた次第。

一番は失敗しないことだ。特に人の安全に関しては。心のようにある程度再生可能なものが対象なら多少バクチ的な行動をとってもよいのか、とも考える。無論、悪意があるのはいかんと思うが。

失敗のことなんか考えずのらりくらりと生きたい。

時代の変遷は夢

望月の欠けたときの藤原道長のモノマネ、というネタを思いついたけど面白くなるのかなあ、誰かやってくれないかなあ・・・。


江戸時代に外国人が来たことは驚きであったらしい。

 

大河ドラマで幕末に外国人を見て日本人がめっちゃ驚いているさまを描写していた。色々考えさせられた。外国から来た方が周りにいる、ということは今では当たり前なのだ。200年程で世界はすっかり変化したようだ。現代は、おじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃんにとってはびっくりするような時代らしい。
外国の人が普通にいる、ということはつまり距離の概念がすっかり変わったのだろうと思う。変わった。あとは速度だ。物体そして情報の到達速度だ。ヨーロッパまで1日で行ける。外国の人とネットでビデオ通話ができる。
ちなみにこの速度の飛躍的な進歩について。これは終焉へ向かう速度も跳ね上がったのではないか、などと考えると恐ろしい。自分のおじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃんの時代には日本に外国の人はほとんどいませんでした。自分の孫の孫の孫の時代には日本(あるいは世界)に人間はほとんどいませんでした。なんて。冗談みたいだけど未来は何がおこるかわからない。


憂いは置いといて。時代の変遷による世界の(というか人間を取り巻く環境の)変化はそれぞれの時代に生きた人たちの「夢」が反映されてきたのだろうな、と想像する。

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我慢は美徳か、の汚いたとえ話

我慢は美徳だ、我慢できる奴は偉いんだ、我慢できないやつはだめだ、なんて話を聞いたことがあるし、自分も言われたことがあるが、じゃあウンコをずっと我慢し続けることは美徳なのですか、という話。非常に汚いたとえ話。

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人生で受け付けない人間と出会ったならば。それが一度限りではなく同じ組織に属するなどであれば。辛い。
一緒の空間にいるだけで、緊張するような人間だ。秀でた人と対峙すると緊張することはままあるが、そうではなく、その緊張が恐怖のような感情によるものだったら。

恐怖は理性ではなく、身体的な感覚だと自分は捉えている。人間の体は正直で、うまいこと設計されていると思う。刃物を見たら怖いと感じるのは、それが体に触れればケガをして最悪死ぬ、ということを体が知っているからだろう。

受け付けない、ということが思考によるものではなく身体的な感覚であるならば。まず身体的な反応があり、そのあとに理性的な理由がくるような緊張は、危険信号だと思う。緊張というよりも拒絶だ。それを我慢することに美徳はあるのか。例えるならばウンコ我慢しているようなもんだ。ウンコしたい、と思ったときに、なぜウンコをしたいのか、と考えるのと同じようなもんだ。そこには一応体のメカニズムによる理由があると思うのだが、理由が分かったからといって永久に我慢できるわけではない。ウンコ我慢し続けたら死ぬよ。

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バイオリン 8方向理論

今意識して練習していることに、「8方向理論(自分でつくった)」というのがある。左手首、右手指と手首の話。

まあひとことで言うと、手首やら指弓やらを色んな状態に傾けた状態で運指なりボウイングなりをすることで、様々な状況に対応しよう、という試みだ。

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バイオリン 解放(リリース)という考え方 あと揺らぎ

バイオリンの演奏技術で今考えていること。力んだ状態から力を解放、リリースしたときの緩みを利用したい。

バイオリンの演奏において「力むこと」、については相当慎重に取り扱わないといけないと思うけど、あえてね。脱力うんたらという話をよく聞くが、自分もよくそういう話をするが、そもそも楽器を構えている、腕を持ち上げている状態、というのは最低限の力みがある状態だ。完全に脱力すると落っこちちゃうのだから。これは単純に一つの事実であろう。

力んだ状態から力を緩める、リリースするとその際に、1~2cm程わずかに動作が生じる。たかが1~2cm、されど1~2cm。1cmでも弓が動けば音が出る。
それをボウイングに使おうと考えているのです。

弓元で柔らかい音で弾き始めるのは難しい。どうしても子音的な、ガギグゲゴから始まるような音が出てしまう。これは多分、「弾こう」「動かそう」としているからだろう。意識すると力む。シャープペンシルでで文字を書いているとき力むと筆圧が強くなって芯が折れたりするのと同じだ。
裏を返せば、これは弓が弦に「ひっかかっている」状態だから、この状態を保っていれば多少ピクっとなっても発音されることはない。

仮に、構えた状態で完全にひっかかりがない状態で弓と弦が接していたら、わずかな動作でも音が出てしまうので、弾き始めの“前”にひっかかり0の状態にして音を弾き始めようとしたら、“ふにゃらふにゃらぺー”って発音になってしまう。主観だが、経験談でもある。

弓元で構えて、力みによって固定する。音が出ない状態。そこから力をリリースし、そのリリース時のわずかなによって発音する。ただし、急激なリリースであると勢いがつくので、じんわりと、少しずつ緩める。んで得られたわずかな動きをきっかけとして、弾き始めとする。

力を0から加えていくのでなく、ある程度加わった状態から抜いていく。
リリースという考え方で、元弓での繊細なボウイングを実現しようという試み。

 

・・・

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